ワタシたちはここにいた。

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あがいてあがいて、カッコワルイけど、
 それが生きてくってことなんだよね。
なんとなく、そう思う。
毎日毎日ロマンティックに生きて、
ちょっと恥ずかしいですが、
そうやって人生楽しんでおります。
自分のいた跡、残してます。
焦ってます。カッコワルイ。
・・・でも!!声に出してイイたい。
ワタシたちはここにいた。
 
2005年7月27日の日記より
 
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懐かしいものが手元に戻ってきました。
2005年、私が船に乗るために横浜のピースボートセンターにボランティアスタッフとして通っていた日々の交換日記のようなものです。
 
グローバルスクール
当時18歳の私が、同じくボランティアスタッフ仲間のお兄さんお姉さんたちの中で楽しく過ごした日々がつまっていました。ちょっと振り返ってみようと思います。
 
(すべて原文ママ)
 
4月7日
はじめてポスター貼りに行きました。
ドッキドキ初体験☆
 
4月13日
「52ndクルーズ」を「52thクルーズ」と書いてしまってごめんなさい。
 
4月17日…
みんな・・・ロマンティックしようよ☆
 
4月27日
あ、今日コロッケ食べてない・・・。ローソン行ったのに。明日は食べよ~。
髪暗くしたらなんかイイって言ってもらえた。
ブイブイ、これから大人の女でいきますわヨッ。
 
6月9日
今日ポスター貼らせてもらったジュク(←塾、と書きたかったのだと思います)の先生が、東京ピーセンのナオさんみたいでものごっつカッコよかったです。
 
7月19日
みかに踊りをおしえてもらいました。
あややの踊りもおしえてもらったよ。
踊るのすごく楽しいです。いつまでも踊っていたいなぁ。
 
7月20日
足がイタイです。
 
8月7日
富士山に行ってきました。
 
9月2日(はじめての地球一周出発日の前日)
全速力でかけ抜けてきた6か月でした。
楽しかったコト、おもしろかった、大笑いした日々。
ちょっと凹んで、がっつり落ちたコト。
恐られたコト(多分“怒られた”と書きたかったのだと思います)、失敗したコト。泣いたコト。まじでしんどかったコトもあった。けど、ここに来て、居れて、ホントによかったと思います。
 
 
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全体的にかなり香ばしいかほり漂う日記でしたが、
(はじめて書かせてもらった日記で“失恋した”と書いてました・・・若い・・。)
その頃がとても楽しかったことはわかりました。
あと、“ロマンティック”という言葉にハマっていたということもわかりました。
(多分意味はなかったとおもいます)
 
この頃から、もうすぐ10年になります。
3~5年くらいでは、18歳の若すぎる自分が恥ずかしくて、とても見れなかったと思う日記です・・・。苦笑
 
こんな過去もあったのだと、
笑っていられる今日と言う日が、尊いです。
 
少しずつ、でも確実に、人は成長する生き物なんだなと思います。
すぐには実感しづらいものですが。
振り返ってみると、ああいつの間にかこんなに、歩いていたんだと。
誰にでも、そう思える日ってくるのではないでしょうか。

ヨルダン寄港~83回クルーズ~

私たちは、先日ヨルダンのアカバに入港しました。
ここでのレポートを生徒のアーチェリーが書いてくれました!!彼はつい先日21歳の誕生日を船内で迎えました!彼の目でみたヨルダンについての報告です。
 
ピースボート 小野りかこ
 
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ヨルダンにて
私はヨルダンでのツアーでパレスチナ難民キャンプとペトラ遺跡を訪れました。
正直、自分の問題で最近までいっぱいいっぱいだったので、パレスチナ問題とか言われてもピンときませんでした。でも、興味本位でツアーに参加することにしました。
 
グローバルスクール
 
パレスチナ難民キャンプでは日本ではあまりにも遠いイスラエル・パレスチナ問題について学び、実際に訪れ、そこに住む人々と交流をしました。
私が一番印象に残っているのは、学校で勉強している子どもたちでした。水道がなく、電線が木に括り付けられているような厳しい生活環境にいるにも関わらず、笑顔で私たちと接してくれる姿に胸を強く打たれ、同時に言い表せない気持ちになりました。
 
グローバルスクール
 
また、ペトラ遺跡では壮大な風景を体験し、自然の豊かさを知り、感動しました。
映画や写真では比べ物にならない迫力に圧倒されました。家に帰ったら、家族にたくさん自慢したいです。
 
グローバルスクール
 
そんな貴重な経験ができた盛りだくさんの2日間でした。
自分にとっては、大きくて複雑な問題ではあるけれども、知って考えたこのもやもやした今の気持ちは今後も大切にしていこうと思います。